ミスターラグビー、平尾誠二さん。日本ラグビー界の至宝があまりにも早く、この世を去りました。
昨日のコラムにも書いた通り、私の取材歴はわずか10年です。平尾さんの現役時代はもとより、平尾ジャパンをはじめとする指導者としての平尾さんを取材したことはありません。しかし2006年から開始した取材の過程で撮りためてきた中から、平尾さんの写真をいくつか振り返りながら故人のご活躍を偲びたいと思います。なお、H2O取材時の写真はカメラマンの古瀬友博さんに撮影していただいたものです。※一部の写真が粗く見えますが、クリックして拡大すると高解像度の画像が表示されます。

H2O鼎談終了後、灘浜グランドにて。伝説の両LO(写真左が大八木淳史さん、右が林敏之さん)に挟まれる形で慣れないバインドを組み(私が組ませてしまいました…。当時は怖いもの知らずでした)、平尾さんは思わず苦笑い。

2009年12月13日、ホムスタ(現ノエスタ)での神戸製鋼vsトヨタ自動車戦後の記者会見。右はこのシーズンでキャプテンを務めた大畑大介選手(当時)。ホームゲームを落としたため、二人とも落胆の色を隠せない会見だったことを覚えています。

2012年9月23日に秩父宮で行われた、東日本大震災の復興支援を目的とした「V7戦士チャリティーマッチ」新日鐵釜石vs神戸製鋼。遠くからの写真ですが、グリーンのレフリーの右が平尾さんです。レフリーを挟んだ反対側には松尾さんがいます。

2015年7月15日のラグビーワールドカップ2019全自治体会合で、事務総長特別補佐として紹介された平尾さん。最後のジャパンのジャージー姿です。胸には「RUGBY WORLD CUP 2019」の旧ロゴ。ぜひ日本大会を見届けていただきたかったです。
スマートなプレー、輝かしい経歴、稀有な先見性、圧倒的な語彙力──不世出のラガー、平尾誠二さんの2019年とそれ以降のビジョンはどのようなものだったのでしょうか。その視線の先にあった日本ラグビー界の明るい未来に向かって、今を生きるラグビー関係者全員がその遺志を継いで、必死のランパスでつないでいく必要があります。それこそが平尾さんへの供養になるのではないでしょうか。
<文/齋藤龍太郎(楕円銀河)>